臨床現場で5〜8分。直接観察の直後に使える、エビデンスに基づくフィードバック&コーチングの実践ガイドです。
R2C2は、Dalhousie大学のJoan Sargeant博士らが開発した、エビデンスと理論に基づくフィードバック&コーチングモデルです。4つの反復的フェーズで構成され、一方的な「伝達」ではなく、指導医と学習者の協働的な対話を通じて省察と行動変容を促進します。
もともと30〜60分の正式なフィードバックセッション用に開発されましたが、Lockyer et al.(2020, 2023)により、臨床現場での直接観察直後に5〜8分で実施できるin-the-moment(ITM)版が開発されました。本ガイドはこのITM版に焦点を当てています。
Relationship(関係構築)→ Reaction(反応と省察の探索)→ Content(内容の確認)→ Coaching(変化に向けたコーチング)。これらは直線的ではなく反復的に進みます。特にITM版ではフェーズ2と3の間を行き来するやりとりがより顕著です。
①Carl Rogersのヒューマニズム/人間中心アプローチ、②インフォームド・セルフアセスメント(外部データと自己認識の統合)、③行動変容の科学(Theoretical Domains Frameworkなど)に基づいています。
フォーマル版との主な違いは、書面データではなく直接観察が会話の出発点となること、時間が限られるため1つの目標に絞ること、そして簡潔なフレーズを用いることです。4つのフェーズの核心は維持されています。
各フェーズの目的、具体的な進め方、そして臨床現場ですぐに口に出せるサンプルフレーズをまとめました。
目標:学習者との信頼関係を確認・強化し、フィードバック会話に安心して参加できる心理的安全性を確保する。
やること:フィードバック会話の目的を明示する。初対面なら自己紹介と期待の確認、継続的な関係なら前回の目標の振り返りから始める。学習者の経験・目標に真摯な関心を示す。
関係構築はフェーズ1だけで終わるものではなく、会話全体を通じて継続します。既に信頼関係がある場合は簡潔に、初対面の場合は丁寧に時間をかけましょう。「あなたの成長を支援したい」という姿勢を言葉で伝えることが重要です。
目標:学習者が臨床体験をどう受け止めているか——感情的な反応と認知的な省察——を引き出し、「聴いてもらえている」と感じられる場を作る。
やること:オープンエンドの質問で学習者自身の振り返りを促す。学習者の自己評価を先に聴き、その後に自分の観察を共有する。否定的な感情が出た場合は否定せず受け止め、正常化する。
ITM版では、この「反応と省察の探索」が会話の中核です。学習者の言葉を先に引き出してから自分の観察を述べることで、一方的なフィードバックを避けられます。学習者が「はい」「そうですね」としか答えない場合は、質問が閉じすぎていないか確認してください。
目標:指導医と学習者が、パフォーマンスの具体的な内容について共通理解を形成し、1つの優先的な改善ポイントを特定する。
やること:強みを明確に認める。観察可能な行動に基づいて議論する。ITM版では1つの優先事項に絞る。学習者の解釈を確認し、認識のズレがあれば対話で埋める。
ITM版ではフェーズ2とフェーズ3の間を反復的に行き来することが多くなります。「確認」は指導医が一方的にデータを提示する場ではなく、双方で意味を「吟味」する対話です。強みの承認は動機づけにおいて非常に重要——必ず伝えましょう。
目標:学習者と共に具体的で達成可能な1つの行動目標を設定し、実行に向けたアクションプランを協働的に作成する。
やること:学習者に「最も取り組みたい目標」を言語化させる。目標達成のための具体的な行動ステップ、必要なリソース、障壁とその対策を明確にする。フォローアップの方法・時期を決める。
Lockyer et al.(2023)の研究で、このフェーズ4が最も難しいと報告されています。多くの指導医が「内容の確認」で会話を終えてしまい、具体的なアクションプランとフォローアップまで到達しませんでした。「もっと頑張る」のような曖昧な目標ではなく、次の臨床場面で何をするかを具体的に言語化させることが鍵です。
学習者が目標を言語化しにくい場合は、指導医から候補を提案して合意を得るアプローチも有効です。「〇〇と△△が考えられますが、どちらに取り組みたいですか?」のように選択肢を示しましょう。コーチングは「教える」こととは異なり、学習者のオーナーシップを引き出す技術です。
in-the-momentフィードバックは、シフト後・外来後・手技直後などに5〜8分程度で実施します。以下は目安の時間配分です。
Lockyer et al.(2023)の研究では、実際のITMフィードバックの所要時間は4〜22分(中央値12分)でした。既に信頼関係がある場合はフェーズ1を短縮でき、短い時間でも有効な会話が可能です。時間が足りない場合でも、フェーズ4(コーチング)を省略せず、少なくとも「次に何をするか」だけは合意しましょう。意図的に時間を確保する(例:「5分だけ振り返りましょう」と宣言する)ことで、忙しい臨床現場でも実施しやすくなります。
診療科を問わず使える3つの代表的なフィードバック場面を示します。
状況:研修医が困難な患者対応を行った外来を指導医が直接観察した直後。
状況:研修医が手技を実施し、指導医が直接観察した直後。
状況:病棟回診を指導医が直接観察した直後。研修医のプレゼンテーションに改善点がある。
研究で報告された典型的な課題と、その具体的な対処法をまとめました。
| # | よくある失敗 | 何が起きるか | 対処法 |
|---|---|---|---|
| 1 | 一方的に話しすぎる | 指導医が観察結果を長々と説明し、学習者が「はい」「そうですね」しか言えなくなる。省察が促進されない。 | 自分の発言は短く区切り、必ず「どう思いますか?」で返す。学習者の発言量が自分より少なくなっていないか意識する。 |
| 2 | フェーズ4を省略する | 内容の確認(フェーズ3)で「よくわかりました」と会話が終了し、具体的なアクションプランが作られない。 | 「では、次に何をしますか?」の一言を必ず入れる。これがなければフィードバックは「感想の共有」で終わってしまう。 |
| 3 | 目標が曖昧すぎる | 「コミュニケーションを頑張る」「もっと勉強する」のような行動に結びつかない目標で終わる。 | 「次の〇〇の場面で、具体的に何を変えますか?」と問い直す。行動レベル(何を・いつ・どこで)まで落とし込む。 |
| 4 | フォローアップを決めない | 良い目標が設定されても、誰がいつ確認するかが不明のまま会話が終わり、立ち消えになる。 | 「誰に・いつ」フォローアップするかを会話の最後に必ず決める。自分がフォローできない場合は他の指導医に引き継ぐ。 |
| 5 | 強みを伝えない | 改善点だけを伝えてしまい、学習者のモチベーションが低下する。 | フェーズ3で必ず具体的な強みを先に認める。「〇〇は非常に良かった」と観察に基づいて伝える。 |
| 6 | 「時間がない」と先延ばしにする | フィードバックの機会が永遠に訪れず、学習者は「見てもらえていない」と感じる。 | 「5分だけ」と宣言して始める。完璧な会話でなくても、行わないよりはるかに価値がある。意図的にスケジュールに組み込む。 |
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基本姿勢:オープンエンドの質問 / 学習者のオーナーシップ / 反復的に前のフェーズに戻ってOK
本ガイドの作成にあたって参照した主要文献です。